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たりさんぽ

元海外駐在員のサラリーマンの雑記

上司に無理にかしこまる必要ないし、上司も偉ぶる必要ないという話

こんにちは。たりです。

 

最近、感じている話。

仕事をしていると、諸先輩がたの中にはやけに偉ぶったり先輩風を吹かしてくる人がいます。一方で、同僚の中には、変に上司に気を使って、ゴマをすり、へつらう輩がいます。僕としてはそんなコミュニケーションはやだなと思ってできるだけしないようにしています。

上司は上司としての役割があるけど、人間としては対等

このことを常に意識して接するようにしています。たとえ係長であろうとも部長であろうとも、報告する際はあくまで自分と相手は人間として対等であるという感覚を持って接しています。

上司、あるいはマネジメント層の人というのは、そういう役職を与えられているだけです。僕は平社員として、手を動かし、足を動かし、情報を集め、仕事を進め、上司に報告し、判断を仰ぐ役割が与えられており、上司は部下からの情報を集め、適切な判断を下すという役割を持っている。

ただただそういう役割をそれぞれ演じているだけ。そこに人としての偉さとかが介入する隙は微塵もないと思っています。変に上司に媚びを売ったり、偉い人と話すと思って緊張する必要なんて全くないわけです。

 

ところが、そんな役割としての違いしかないはずなのに、上司として部下に指示してその通りに動く様に悦に浸り、まるで自分のほうが人間的に優れているだとか、自分は偉いんだからへつらえなんていう妄想に取り憑かれてしまう人がいます。

考えてみてください。上司も家に帰れば一人の父親、同窓で集まれば、肩書きのないひとりの人間。会社の中での役割の時だけ、偉ぶっている姿、滑稽に見えますよ?

 

先輩風を吹かしたくない

そんな感じで、入社以来先輩にも上席にもあくまで対等だと思って接してきたせいか、周囲からは落ち着いていると言われ、同期からは年上に見えると言われてきました。(おそらく半分以上、老け顔が理由であるのは理解していますが。)

そして僕にも後輩がちらほら出来てくるわけですが、ここでも心がけたいのは、相手と対等であるということ。もちろん僕の方が仕事内容を知っていますので、相手が知らないことはちゃんと教えます。そういう役割を持っているので、当然でしょう。

大切なのは、先輩風を吹かしてきた諸先輩がたを見習わず、自分は吹かさないようにすること。やってもらったことは感謝し、出来ていないことは指摘し、重要だと思うことは議論する、力になれそうであれば力になる。上下関係なく、誰とでもそうやって接していきたいですね。

 

 

敬語、丁寧語はしっかり使う

一方で、当然といえば当然ですが、日本的な会社に属している以上、敬語、丁寧語はちゃんと使います。ちゃんと使えているか怪しいところもありますが、年上には敬語・丁寧語、年下には丁寧語、仲良くなれば少しずつ崩して、人それぞれ使い分ける。日本人というロールを普段演じているので、まあそんなに煩わしくもないし、社会に生きる上でのルールとしてしっかり使います。

 

 

この人、別に自分より偉いわけじゃないと思うと精神衛生上良い

普段、接している上司は、ただの人、上も下も関係ない、そういう気持ちで接してみましょう。自分は自分で、他人は他人であることがはっきりわかります。

まずはそういったしがらみから一歩抜け出して、自分の思うように振舞って見ることで変わることがあるかもしれません。

 

まとまりませんが、こんな気持ちをちょっと最近考えることがありました。

 

それではまた次回。